約90年前の作品でありながら現代に通じる
「ネクタイ綺譚」（横溝正史）
（「横溝正史ミステリ
短篇コレクション①」）柏書房
「ネクタイ綺譚」（横溝正史）
（「山名耕作の不思議な生活」）角川文庫
新商品トンボ形ネクタイには
富くじが付されていて、
当たると五千円の賞金と
新人女優･山野井咲子との
キスの権利を与えられるという。
その富くじのことで、
｢私｣は咲子の亭主である
友人･久井久雄から、
ある相談を持ちかけられる…。
横溝正史らしからぬ、
ユーモアに満ちあふれた
ナンセンス文学の小品です。
｢黄色トンボ形ネクタイ｣なる珍品を
発売した商社･天運堂は、
まずは一千円の賞金で、
新商品開発の懸賞を仕掛け、
採用されたアイディアがそれなのです。
そしてその珍品を全国展開するために、
そうした企画を立ち上げたのです。
【主要登場人物】
｢私｣｢筆者｣｢須山｣
…語り手。トンボ型ネクタイの流行の
裏話を語る。
刈谷千吉
…トンボ型ネクタイの発売元経営者
山野井咲子
…花形映画女優。
トンボ型ネクタイの当選富くじには
彼女の接吻権が付与されている。
久井久雄
…山野井咲子の夫。劇場の背景絵描き。
｢私｣の友人。
面白くないのは女優の亭主･久井。
彼は地味で平凡な男。
キス権などという企画を承諾した妻に
物言えず、さりとて妻が
見知らぬ男とキスをするなど
見過ごせない彼は、
せっせと件のネクタイを購入し、
当たり富くじ入手に励みます。
その甲斐あって、久井は
富くじに当たるのですが、
｢私｣は彼から｢富くじを譲るから
賞金だけ渡して欲しい｣、
つまり｢キス権｣を譲渡することを
提案されるのです。
もちろんそれには裏があり、
終末部で明かされるその｢種｣が
本作品の読みどころです。
二つの賞金付き企画は
久井自身のアイディアであり、
それまで彼は凡庸だとばかり
思っていた｢私｣は
認識を改めるに至るのです。
約90年前の作品(昭和2年発表)で
ありながら、現代に通じる点が
いくつかあるのは見逃せません。
一つは｢メディアが創りあげる｣という
｢流行｣の本質です。
問題の品は｢蜻蛉の羽のように、
先の細くなった薄手の羽が、
左右に二つずつ、都合四つついている｣
奇妙な形のものなのです。
メディアが仕掛ければ
そうしたものでも十分に
流行になり得るという
横溝の先見性が見える設定です。
もう一つは｢キス権｣
(本文では｢接吻する権利｣)という
｢モノ以外の付加価値｣を
登場させていることです。
まるでA○B48の｢握手券｣を
先取りしたかのような趣向です。
それにしても同じ昭和2年には、
本書に収められている
｢山名耕作の不思議な生活｣や
｢鈴木と川越の話｣、｢夫婦書簡文｣等、
バラエティに富んだ作品を、
横溝は数多く執筆しています。
本格的探偵小説に絞り込む以前の
初期横溝作品は魅力がいっぱいです。
※柏書房
「横溝正史ミステリ短篇コレクション
①恐ろしき四月馬鹿」収録作品一覧
恐ろしき四月馬鹿
深紅の秘密
画室の犯罪
丘の三軒家
キャン･シャック酒場
広告人形
裏切る時計
災難
赤屋敷の記録
悲しき郵便屋
飾り窓の中の恋人
犯罪を猟る男
執念
断髪流行
山名耕作の不思議な生活
鈴木と河越の話
ネクタイ綺譚
夫婦書簡文
あ･てる･てえる･ふいるむ
角男
川越雄作の不思議な旅館
双生児
片腕
ある女装冒険者の話
秋の挿話
二人の未亡人
カリオストロ夫人
丹夫人の化粧台
（2018.10.21）
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